Copyright (C) 2006 IwadaWaiwainet NameraZero All Rights Reserved
八坂神社
八坂神社(やさかじんじゃ)は京都府京都市東山区祇園町にある神社である。かつての社名から祇園さんの愛称で呼ばれる。

7月の祇園祭で知られ、ほかに特殊神事として白朮(をけら)祭がある。日本全国に約2300社ある、素戔嗚尊を祭神とする神社の総本社である。旧社格は官幣大社。

明治元年の神仏分離令(廃仏毀釈運動)により、元々「祇園社」「祇園感神院」と呼ばれていたのが「八坂神社」と改められた。

生馬本郷の八坂神社は、下生馬虫逐神社の森に在り、旧暦6月14日と新暦12月14日に地元の信者たちで祀っている。

参考文献 上富田町史 史料編下
虫逐神社(むしやなぎじんじゃ)
下生馬の虫逐神社について

 生馬村の神社合祀は、全県で合祀を強力に推進していた時期が、日吉神社改築を行っている時期にあたっていたため、行政は合祀よりも改築に力を注がなければならなかったのであろうか、「明細帳」には生馬村の無格社である砂田の虫逐神社、小西の虫逐神社、鳥渕の鳥渕神社、大谷の住吉神社、篠原の矢倉神社の五社を「明治四十一年四月九日、日吉神社へ合祀許可」したと記録している。しかし、この時期は改築の真っ最中であって、合祀・遷座をすることはできなかった。だから「明細帳」には「合祀済届出」がなされないで空白のままとなって残った。

 「宗教法人日吉神社由緒沿革」は、明治十年六月に合祀された四社について、明治四十三年二月十五日に合祀決行したと記しているが、合祀許可された五社については、「明治四十一年四月九日、合祀ノ許可ヲ受ケタルモ、未タ決行ニ至ラス」と記し、合祀の行われていないことを日吉神社が認めている。

 生馬村の一村民は神社合祀の決行されていないことを喜んで、『牟婁新報』へ投稿し、

先年神社合祀のことあり、為に神社濫伐の厄に遭ひし町村少なからず、然るに吾生馬村は幸ひ此厄を免れ、多くの神社は何れも自然林蓊鬱と茂り、老樹古を語り神社の尊厳愈よあらたかなるを覚ゆ

と述べているように、生馬村では神社森も自然林のままで保存されていたのである。

 現在も日吉神社をはじめ、生馬口の稲荷神社、稗田の矢倉神社、鳥渕の鳥渕神社、大宮の住吉神社、篠原の矢倉神社、鳥渕の地主神社、下生馬の虫逐神社、小西の虫逐神社など、各地区で祭祀する土産神(字神)から、小さな祠まで、それぞれ篤信者によって祀られていることが、『生馬』に紹介されており、神社森は氏子や信徒によって守られているのである。

生馬本郷の虫逐神社の祭礼は、旧暦6月初めの丑の日。この日は神前に幣を立て、山野、海産物や赤飯を供える。おくわは、流行(はやり)病を防ぐとして、参拝者みんなにくばった。

上富田町ホームページより
地蔵堂
虫逐神社の裏側には地蔵堂がある。

地元の人達の間では「お地蔵さん」で親しまれている。
元々は311号バイパスの所にあった。現在の場所に移ってからも、地域の人たち6軒程でお世話されている。お祭りは毎月23日。

左側が虫逐社の祠と、右側が八坂社の祠。

本郷の住宅街に虫逐神社がある。

虫逐神社の鳥居。

鳥居のアップ。

虫逐社と八坂社の祠。

本郷の住宅街に虫逐神社がある。

虫逐神社の森。

昔はもっと大きな森だったそうです。

虫逐神社の裏側にある地蔵堂。

地元の方々によりとても綺麗に整備されています。

地蔵堂正面。

地蔵堂の上に見えているのが虫逐神社の森。

地蔵堂前の石碑。

inserted by FC2 system