写真中央は祠に向かって拝んでいる氏子さんです。

餅まきもあり、子供たちも歓声を上げながら餅をひろっていました。

袋にいっぱい餅を入れていました。

お森さんの由来について

お森さんの由来について辿って見ました。過去の記録もありませんし、大正生まれの私には尋ねる先代もありませんが辿ってわかったことを書いてみます。

 みんながお森さんと呼んで親しんでお詣りしていますが、これは通称です。「大森山大山祗神」が正しい名称です。祭神は「屋船豊受姫命」「手置帆負命」「彦狹知命」をお祀りしています。「氏子安全、福徳圓満」の神様です。

 明治年間に神社の合祀で、八上神社へ各字のお森さんを集めてお祀りするようすゝめられたが遠くなるので現在地でそのまゝ祀ることにしたようです。氏子は極小さい深見平一族の10軒程度です。当時は組と呼んで深見組中で祭祀していました。現在の深見町内会で2社あります。

 お祭は霜月1日(旧暦11月1日)となっています。当日は朝「小豆がゆ」の初煮を氏子個々にお供えし又順送りで当番宿があって、その宿には御神酒、季節のお供え物とし、〆太鼓を叩いて氏子みんなでお詣りしました。その後は宿に準備してくれているお酒と料理をいたヾき、夜おそくまで賑ったのでした。

 しかし戦時中、物資が不足して、お供物が整わなくなったので中断したのでした。その後、氏子の中で病気等になる人が多く、誰かヾ祈祷師に御祈祷してもらったところ「いろいろなことが表われているだろう。気づかないか」とのことであったと聞きました。それをそのまゝ信じる訳ではなかったのですが氏子の意見として昔からお祭りをしていたことを中断したのだから、氏子のみなさんから、もち米を1升づゝ寄進してもらって、餅まきをして賑ったらどうかということになりました。当番宿で餅をつき御神酒1升と季節の物をお供えして餅をまきをし御神酒をいたヾくことにしています。昭和25、26年頃からと思われますが、明確には不明です。

 当初は何処か山の裾で祀っていたようですが、明治26年11月1日(旧暦)現在地へ社を新調して祭祀したが長年月の間に痛みがひどく昭和33年11月30日(旧暦霜月1日)に新調しました。平成10年の台風で社地にあった大きな椿が倒れ、社もこわれてしまいました。平成10年12月19日(旧暦霜月1日)新社にし現在に至って居ります。

                           深見秀至 記(原文)

「お森さんの祭」
12月10日にお森さんのお祭りがあり、氏子安全、福徳円満を祈っていました。また、餅まきもあり子供たちの歓声がこだましていました。
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「お森さん」について
ロマン街道を市ノ瀬方面へ行くと、稲葉根トンネルがあり、トンネル入り口近くを左手に伸びている細い道を上って行くと「お森さん」が祀られている。
町史にも載っていない貴重な史料といえます。
僕たちが住むアパートの大家さんのお父様が「お森さん」の由来を辿った書記をお借りして載せさせて頂きました。右側の文がそうです。
大家さん、ご協力ありがとうございました。

稲葉根トンネルの岡側出入り口付近の歩道から。この細い坂道を上って行くと、お森さんがあります。

写真中央の木々の下に、お森さんが祀られています。

右上写真の所を近づいていくと、お森さんが見えてきます。

平成10年に新調された社。

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